国立新美術館・李禹煥展へ

自由に撮影可能なのがこのアーチだけなのが悲しい
李禹煥氏の回顧展ともいうべき本展。
充実の内容です。
初期のもの派時代の、石や角材を配置しただけのインスタレーションから
大好きな「点より」「線より」シリーズの絵画作品、
近年の「対話」シリーズまで。
李先生の作品空間は非常に感覚が研ぎ澄まされる、
おのずと集中を要求されるものです。
もう一度この空間で過ごしたいと思ったのでまた行くことにしました。
ゲルハルト・リヒター展@東京国立近代美術館





リヒターにはどうにも苦手意識があり、なんとなく避けてきたのですが
現代アートを代表する作家でもあり、ここでしっかり観ておかねばなるまいと
行ってまいりました。
リヒター作品をなぜとっつきにくく感じるのか。
スキージにしても写真にしても、れっきとした絵画作品の体裁を採っているくせに
表現が「間接的」であるということ。
作家である自分の手の痕跡を避けるというところ。
自分のことを顧みても、筆やペンで直接描くという行為は多分に魅惑的です。
ですが描画作業に淫すると、しばしば絵画作品はよくなくなっていく。
手が入れば入るほど、新鮮味がなくなり余計な作為が加わるということが
絵画にはよくあります。
彼は作業に没入すること、また物語性を否定することによって
絵画を相対化することへの視界が曇ることを
厳しく禁じているようにみえる。
面白いなと思うのは、そこまで禁欲的に「絵画」というものを相対化しつつも、
この人は絵画という体裁そのものは絶対に手放さない、ということ。
現代アートの作家は大体キャリアの初期で絵画制作をやめてしまい、
インスタレーションなり映像作品なり写真なりに移行するパターンが
非常に多いのですが、そうしません。
この人は制作の中で写真も多用していますが、
本展を観た限りにおいて、写真はあくまでも「絵画」を追求する為の
別のアプローチとしての副次的な意味以上のものを感じませんでした。
代表作である「ビルケナウ」にしても、スキージを使ってはいますが
見事に「絵画」です。
そして、近美といえば観逃がしてはならないのが
常設展。
川端龍子「草炎」
佐伯祐三。やはりかっこいい
靉光「目のある風景」

なんと藤田嗣治の戦争画と会田誠の戦争画リターンズがそろい踏み!
特別展「日本美術をひも解く―皇室、美の玉手箱」@東京藝術大学大学美術館
最後は若冲にて〆。応挙もありました。
若冲が広告の前面に出てくるとさすがに人が群がります、
なかなかな人出でありました。