2017年3月・佐賀・久留米 

  

3月、成田から佐賀へ、池田学展を観に行きました。

彼の作品は実際に何度か観ていますが、

ペン画を描く者としては、やはりこの人の集大成ともいうべき

個展を観に行かないわけにいきません。 

(佐賀は行ったことがないので行ってみたかった、というのもありますが)

 

行きたい場所・観たいものは、万難を排して行くべきです

 

 

f:id:ishiiyoshito:20170311091623j:plain f:id:ishiiyoshito:20170803001027j:plain春秋航空にて。LCCでも充分快適。気さくな機長がコックピットから子供に愛想を振りまいていました

 

f:id:ishiiyoshito:20170311123324j:plain f:id:ishiiyoshito:20170311122122j:plain有明の海苔棚

 

f:id:ishiiyoshito:20170311133807j:plain f:id:ishiiyoshito:20170311133944j:plain折しも6年目の、あの日でした               佐賀県立美術館。佐賀城内にある

 

 

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とにかく、とんでもない人出でした。

地方の美術館、しかも若手作家の個展に

ここまで人が集まる場面を見たことがありません。

「すごかー」「すごかー」

という声とともに、一点一点観て廻りました。

 

只々、恐れ入りました。

ここまで描かれてしまったら何も言うことなどありません。

圧倒されつつも、なんだか励まされた、という感じ。

 

絵を描いていると、正直、他人の作品をあまり褒めたりはしたくないものです。

口先でどう言おうが、作品を作る人間は自分の作品が一番だとみんな思っています。

「このくらいなら自分でも・・」

と絶えず思っていないと、なかなかやっていられません。

自虐や自嘲をしながら制作をしなければならないなら、

そんな人はさっさと筆を折るべき、とも思います。

 

ですが、ここまで圧倒的な仕事を見せられてしまったら、

やはり素直に首を垂れるほかない。

翻ってお前の仕事はどうなのだ、と問われるわけです。

 

3×4mの大作を3年かけてペン一本で制作するという仕事は、

勿論作家本人の努力だけで為し得ることではありません。

アメリカの美術館内の一室で3年間、毎日描き続けられたとのこと。

制作過程を撮影した映像には、

途中右手が腱鞘炎になり左手に持ち替えて描いている場面もありました。

その間親友が亡くなられ、お子さんが産まれ、

それでも作家の制作と生活は続く。

 

自分が作家としてやはり気になるのは、

その制作を支えるものを、池田さんはどう確保し得たのか、

ということなのです。

 

3×4mの大作を3年間かけて制作するうえで、

それを可能にするあらゆる意味での環境を整えること。

それをどう確保してゆくのか。

 

作家として常に突きつけられるこの問いを、改めて、考えさせられました。

そして作品とは、制作環境を作るところからが制作であり、

また作家の人生を文字通り削って作られるものなのだ、とも。

 

 

f:id:ishiiyoshito:20170311161919j:plain f:id:ishiiyoshito:20170311162242j:plain佐賀城本丸歴史館。県立美術館の向かい

 

f:id:ishiiyoshito:20170311160423j:plain f:id:ishiiyoshito:20170311155524j:plain佐賀藩主・鍋島閑叟。幕末きっての兵器マニア

 

 

鳥栖にて地酒を嗜み一泊し、翌日は久留米へ

 

 

f:id:ishiiyoshito:20170312085550j:plain f:id:ishiiyoshito:20170312092522j:plain鳥栖駅                        久留米駅前。ブリジストンのお膝元(ゴムくさい・・)

 

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久留米市美術館にて、吉田博展

吉田家は芸術家ファミリーであり、わたくしが初めて知ったのが

御子息の吉田穂高氏の作品でした。

 

 

f:id:ishiiyoshito:20170802154045j:plain f:id:ishiiyoshito:20170802154005j:plain(氏はわたくしの母校である日大芸術学部で非常勤講師をされていましたが、わたくしが入学する数年前に

 惜しくも急逝されました。生前に会ってみたかったと今でも思っています)

 

吉田穂高の作品、特に後期の作品はスタイリッシュで

ちょっとトマソン感もあって私は大好きなのですが、

その垢ぬけた画風は父である吉田博からの影響も多分にあるのではないか、と

今回作品を直に観て再確認しました。

なんというか、茶褐色の油絵の印象が強い近代日本において、

明快な色遣いや緻密な筆さばきの水彩画が時代にそぐわないというか。

 

そういうわけで、非常に充実した旅でした。